RIPARIAN.F.DOGS

ライパリアン.エフ. 〜ちゃこの日常〜

ゼロ,ハチ,ゼロ,ナナ。

『ゼロ,ハチ,ゼロ,ナナ。』辻村深月

この作家さんは,嫌な人間やイタい人間を書くのがホントうまいネ。しかも,それが現実世界に「あ〜,いるいる。こういう人…。」って思える人達なんだよ。


『ゼロ,ハチ,ゼロ,ナナ。』で描かれているアラサーな女子の友達関係,親子関係。ヤバい,そこ突いてくるか…って思える箇所が色々あった。


子供の頃って,母親は絶対的に自分を守って,愛してくれる存在だと信じて疑わなかった。だけど,自分がある程度の年齢になったとき,本当にそうだったか?って疑問に感じることが多々でてくる。


口悪い言い方かもしれないけど,子供のことを自己満足の道具にしていなかった?って…。


『ゼロ,ハチ,ゼロ,ナナ。』では,30代にもなる娘が,「あの家でどこまでも,おそらく,最後まで子供だった。」と表現されている。他にも,「いつまでもその頃の娘でいて欲しかったと,祈るように願いながら,今も成長した私を見つめている。私もまた,母の意に沿わない成長を遂げた。」,「詮索することがかっこ悪いことなのだと,何も聞かずにいる大人な母親を演じたいのだと,わかってはいる。」など,娘の視点から冷ややかに母親を見ていて,いつまでも子供ではないってことにいい加減気付けよ…というメッセージがこめられているように感じる。


一番心に残ったのこ,この部分。

どんな風に振る舞っても,娘は許されず,母の望む正解は出せないのだと思っていた。だけど,正解を与えないのは私も一緒だ。私は母を許していない。それでも,彼女は一生,私の母だ。逃げられないし,逃げるつもりもない。一生,いい思い出も悪感情も,引きずりながら向き合わせて生きていく。

これって,著者の辻村深月が29才当時にあえて書いておきたかったのかな…。おそらく,40才,50才になってしまったら,母親を許さないって気持ちが薄らいでいくかも…って気付き始めているから,今,こうやって言葉として吐き出した感がある。


私は母親から,「裏切られた!」「思い通りに成長しなかった。」「生まなければ良かった。」「失敗作。」と,おいおい娘に向かってそれ言うか〜?ってことを言われたとき,私の中の母親像は一気に崩れてしまった。んでもって,もちろん,恨んでおりましたよ(笑)。そして,ちゃこぱぱには言うなと止められつつも,まさに20代後半に母親に言ってしまいました。酔っぱらった勢いで…。「許さない。あんたを親だなんて思っていない!」って。


私の中で母親は,こういう母親になりたくないっていう悪い意味でのお手本となっている。だけど,自分の子育ての結果,子供達がどう思ってどう成長するか?っていうのは,もっともっと先にならないと分からない。意外と,自分と同じような道を辿ったりして…。子供に恨み言を言われたときに,今の母の気持ちが分かるようになるのかなあ…などと思ったりもする。



さて,昨夜からは気分一新,『ゴールデンスランバー伊坂幸太郎を読み始めた。
うんうん,いい感じ〜♪



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